仕事に夢中の日々は充実していた。
最初は借金返済のためのお金稼ぎだったが、いつしか仕事自体を楽しめるようになっていた。
契約が全く取れなかった2か月間の苦しい時期があったからこそ、苦難を乗り越えた後は営業が楽しくてたまらなかった。
以前の仕事も没頭できたし楽しかったが、その数倍楽しいと感じていた。
そんな人生最高潮に充実していた日々の中、またもや巡り合ってしまうのだった、株という存在に。
前回のお話はこちらです
第15話 歩合制の営業
固定給30万円プラス歩合給。 契約が0でも固定給はもらえるが、3か月連続で決められたボーダーラインを下回ると容赦なくクビという話だった。 何の営業なのかよくわかっていなかったこともあり、歩合で稼げる自 ...
借金返済後のお金の使い道
3か月目の営業成績で手にした90万円の威力もあり、母からの100万円の借金は再就職から4か月で完済できた。
借金返済をモチベーションに頑張り始めた営業の仕事だったが、仕事自体が楽しくてそのまま突き進んだ。
4か月目の最下位の後、5か月はまた好調で、トップにはなれなかったが約80万円の月給を稼ぐことができた。
その80万円の給料が振り込まれる頃、1つの問題に直面した。
お金の使い道がないのだ。
最初の会社では給料もボーナスもほぼ全て株に入れてきた。
再就職の後の給料は借金返済に充ててきた。
しかしもう借金はなくなり、株も足を洗ったのだ。
この時期はプライベートも充実していた。
大学を卒業して以来一番交友関係も多く、活動的だった。しかしお金を使うような遊び方はしなかった。
株しかやってこなかった俺にはお金のかかる趣味などなかった。
仕事もプライベートも大満足の人生のピークだったが、お金の使い道だけはすぐに思いつかなかった。
株を再開する以外になかった。
軽い気持ちで株を再開することになった。
個人営業の仕事は世間の休日が稼ぎ時ゆえ、土日は出勤だったがその代わりに火曜と水曜が休みだった。
出勤の日も9時半に家を出れば間に合った。
つまり週2回はフルで家でデイトレをすることも可能だったし、出勤の日も朝の30分はトレード可能だった。
株を卒業してからの日々が充実していたため、すぐにまた株に夢中になることなどなかった。
以前までの熱狂とは全然違い、軽い趣味のようなスタンスでの株の再開だった。
しかし次第にまた株にのめり込むようになった。
営業は原付での移動で回っていたが、1時間空き時間ができることや、たまに2時間以上空き時間ができることがあった。
そんな時はファミレスなどに入って時間を潰すのがお決まりだったが、一旦自宅に戻って株トレードをするように変わっていった。
一方仕事は順調だった。株に再びのめり込むことになっても営業成績の方が自分の中の優先順位は高かった。
営業の方が断然充実していたし楽しかった。
再び専業トレーダーになりたいなんて全く思わなかった。
ある時リーダーに呼び出された。
超好成績と悪い成績を1か月置きに交互にとっていくのが俺のパターンになっていたのだがそれについて厳しい指摘があった。
決してサボっていたわけではないのだが少し手を抜いてしまうところもあった。
日々営業でCS放送とインターネットと固定電話の3種類の契約を取るのだが、成績に反映されるのは設置工事が完了してサービス開始になってからだった。
契約書だけ書いてもらって高い歩合を確定させてから後日キャンセルという違反行為を防止するためと思われる。
しかしそれを逆手にとって、成績が伸びなそうな月の終盤に取れた契約は客先都合ということにして翌月設置工事にするという悪知恵を働かせた。
しかしリーダーには見抜かれていた。同じことを考える人が多いのだろう。しかし俺が一番酷かった。
翌月からはそうならないよう、つまり毎月安定した成績をあげ続けるよう、連続達成ボーナスなる新制度ができた。
俺のズル賢さが会社の歩合制度を変えたのだ。
その新制度が効果を発揮するのと同時に俺の営業力ももう一段開花した。
翌月からは3か月連続で100万円以上を稼ぎ、その3か月目は歩合が150万円に達し、基本給と合わせて月給180万となった。
ダントツ1位で有終の美を飾ることができた。この月を最後に俺は違う局に移籍することになる。
東京の立川の局から埼玉の草加の局への異動だった。
移籍が決まった後、上司から勉強会を開いてくれと頼まれた。
先輩も後輩もいるが、みんなに俺なりの営業の極意を伝えることになった。
せっかくの依頼だったのでしっかりレジュメを作り人数分をコピーして持っていき、約1時間に及ぶ勉強会を行った。
マンツーマンで教えてくれた先輩とはさらに仲良くなり、移籍後も連絡を取り合った。
3年後に先輩から嬉しい知らせを聞いた。
「Dが辞める時に書いた営業手法の紙が立川支局の新人研修の教科書として使われてるぞ」
この話が俺の営業マンとしての一番の自慢話だ。
一方、給料をとことん株で溶かす最悪な癖が再発していた。
軽い趣味のつもりで再開し、仕事も忙しく充実していく一方向で株に注ぐ時間など大してなかったはずなのに。
移籍前の数か月は給料が爆発的に増えていたがそれをほぼ全て溶かしてしまっていた。
株に使う時間は少なかったが株に溶かすお金はたくさんあった。
大金を溶かしてしまったことが引き金となりまた次のお金を投じる。
来たことのある場所な気がする。
来てはいけない場所だった気がする。
株という悪魔はいつまでもどこまでも俺から金を奪い続けるのだ。