固定給30万円プラス歩合給。
契約が0でも固定給はもらえるが、3か月連続で決められたボーダーラインを下回ると容赦なくクビという話だった。
何の営業なのかよくわかっていなかったこともあり、歩合で稼げる自信はなかった。
しかし固定給と合わせて月に100万円をコンスタントに稼いでる人もいるという。
100万円の借金を背負っていた俺にとってまたとないチャンスだった。
前回のお話はこちらです
第14話 株式相場からの退場
3年以上もの間夢見ていた専業株トレーダー生活。 しかし叶ってしまった後は終わりまでが速かった。 そして、専業を辞めるにとどまらず株式市場から完全に足を洗うことを決めたのだった。 退場です。   ...
個人営業で訪問販売
ケーブルテレビの営業で、集合住宅を回りCS放送、インターネット、固定電話の3種類の契約を取ってくる仕事だった。
ケーブルテレビ回線が引いてあるアパート・マンションの各家庭を訪問し、その回線を利用して上記3種類の有料サービスの契約を獲得する。
法人営業と個人営業の差はあれど、営業で有名な会社で3年間営業マンをやってきたという自信があった。
お金を稼がなければいけない状況でもあるが、営業成績で部内の先輩達と競い合うのも楽しみだった。
12人のメンバーがいて、6人ずつの2チームに分かれていた。それぞれのチームに営業活動はしないリーダーがいた。
数日の研修を終えると早速営業回りの日々が始まった。
しかし全く契約が取れなかった。
1か月が終わると12人中最下位という結果が出た。しかもダントツの最下位だった。
法人営業と個人営業の差。この壁がとてつもなく大きかった。
俺が以前やっていた法人営業では、最初の訪問は人間関係を構築することに主眼が置かれていた。
少なくとも、引合いで呼ばれた場合を除けば初対面の客先にクロージングをかけることはほぼなかった。
一方今回の個人営業は引合いでもなくこちらから訪問する上に、その場でクロージングをかけて契約を獲得しなければならなかった。
まれに、検討からの後日再訪問や電話クロージングというパターンもあったが全体の3%もなかった。
一発勝負の世界だ。30分~1時間程度の訪問の中で初対面の相手に対して人間関係を構築してその場で有料サービスの契約をさせなくてはいけない。
俺はそんな力は全く持ち合わせていなかった。
契約が取れるようになるイメージすら湧かないまま1か月が過ぎてしまった。
本物の営業というものを思い知らされた気がした。
そんな俺を見かねた1人の先輩が救いの手を差し伸べてくれた。
12人の中で毎月1位2位を争う凄腕の先輩だった。
営業トークもいくつも伝授してくれたが、脳の活性化トレーニングとか表情や気持ちの作り方なども熱心に教えてくれた。
毎晩のように19時ごろから21時過ぎまでマンツーマンで指導してくれた。
リーダーではないので俺の営業成績はその先輩の成績や給料には一切関係ない。善意だけでここまでしてくれるのだ。
こんな優しい先輩と出会えただけでも再就職して良かったと心から思えた。
同時進行で、個人営業の本も3冊読んだ。
株のスイングトレードでは本選びを失敗した俺だが、個人営業の本は良書を選ぶことに成功した。
先輩のおかげで少しずつ手応えを掴みつつあったが、2か月目の営業成績も最下位を取ってしまった。
本来ならクビにリーチだったが、居残り特訓に対する評価と新人ということも考慮してくれてまだ心配しなくてもいいとのことだった。
その一方で同じチームだった先輩の1人はクビになり、新しい人が入ってきた。
明日は我が身、やはり美味しいだけの甘い世界は存在しないのだ。
実際俺が在籍した1年未満の間に6、7人の入れ替えがあったと記憶している。全メンバーの半分だ。
3か月目、ついに俺は覚醒した。
なんといきなり1位になったのだ。
どう考えても先輩のおかげだった。読みまくった本の内容も俺を助けてくれた。
一番のポイントは自信だった。
このお客さんから契約が取れるという自信とそこから湧き出る表情。
ずっと苦戦していたが契約が取れるか取れないかの分かれ目はそういう部分だった。
契約が取れ始めると面白いように成績は伸びていった。
1位を獲得し、90万円の給料も手にすることになった。
しかし翌月、再び最下位を獲得することになった。
トップを獲ったことで前月トップだった先輩から嫌がらせを受けたのだ。
親切に指導してくれる先輩とはもちろん別の人だが、いつもこの2人で1位2位をいつも争っているようだった。
その意地悪な先輩は俺の成績が悪くなるようなアドバイスをしてきたり、回る物件を操作してきたり、リーダーに根回しまでして俺の足を引っ張ってきた。
テレビで見るような世界に愕然とした。上司の立場のくせにその先輩の言いなりになっているリーダーに一番失望した。
仕事に対するモチベーションが劇的に下がり、営業成績に直結した。
決してサボったりはしないので同じ数だけ訪問して同じ内容の営業トークをするのだが、不思議なくらい全く契約が取れないのだ。
やはり表情やテンション、またはオーラのようなものが明暗を分ける世界だった。
契約数にして前月は50契約程度なのに対して7契約程度だった。
リーダーに呼び出され喝を入れられそうになったので、逆に抱えている不満を全てぶちまけた。
最終的には和解をして翌月からまた頑張ろうという気持ちになった。
起伏は激しかったが充実した日々だった。
株の存在など忘れていた。
無我夢中で仕事に取組み、お金稼ぎに全力を注いだ。
仕事に100%集中する日々がこんなにも幸せだったとは。